迷い猫 (お侍 拍手お礼の十六)

 

そろそろ昼餉どきが間近いとあって、
お食事のお給仕をせねばと構える方々を迎え撃つべく(?)、
金髪長躯の槍使い殿が出先の作業場から戻って来ると、

 「おや。どうしましたか、その子。」

詰め所にはカンベエ様ともうお一人、
金の毛並みの、だが、お初にお目にかかる存在がいて。
「うむ、何処からともなく上がり込んでの。」
目線だけをお上げのカンベエ様にも心当たりはないらしく、だが、
そんな惣領様の着馴らした白い衣紋のお膝の上へ、
傍若無人にも乗っかっている来訪者。
「可愛いですねぇ。」
ついのこととてお顔がほころび、そんなお声が出たほどに、
この村には珍しい存在の、やや小さめの躯をした…猫である。
おやまあとついつい寄ってゆき、シチロージがすぐ間近に膝をついても、
そのまま丸くなった背中へと手を伸べてもひくりとも動かない。
初見のカンベエへ いきなりこうまで懐いていることといい、
よほどに人に慣れているものと見たが、
「毛並みも綺麗ですけどね。」
「うむ。」
だがだが、この村に来てからこっち、犬や猫は見たことがなく。
米を作る村ならば、ネズミ避けに猫くらいいそうなもの、
盗っ人避けには、番犬もいただろに。
なのに…不在であることへも、何となくながらの想像はつきもする。

 「野伏せりが来るようになってから、
  飼う余裕がなくなって手放した…ってとこでしょうかね。」

だとすれば、やはり野良なのだろうと偲ばれて。
猫は家や土地につくというから、あまり遠くへは逃げぬまま、
近所に居着いていたものか。この子はその世代の子孫というところかも。
「…。」
見知らぬお人に見守られ、
なのに、背中を丸ぁるくして心地よさげに転寝している小さな命。
起こすに忍びないとじっとしていた惣領様にも、
今頃になって何だか苦笑が起きてしまう槍使い殿。
「…?」
そんなお顔に気づかれかかり、
あわわと誤魔化すように、戸口の方へと体の向きを変えかければ、
「あ…。」
そんな彼のすぐ膝元を“たたた…”と駆け抜けてった影があり。
あれれぇ? あんなにぐっすり寝ていたものがどうしたものかと…
いきなり起動した小さな仔猫の背中を追えば、
框をぴょいと軽快に飛び降りた彼は、
丁度入って来ようとしていた誰かさんの足元へ駆け寄り、
小さな丸ぁるい頭を擦りつけ始めたではないか。

 「…。」
 「キュウゾウ殿?」

彼にしてみても不意なことだったろに、ぴたりと立ち止まった反射はおさすがで、
危うく踏みつけられることだけは免れたものの、
「…。」
堅いだろう靴の横腹や甲へ、頬やおでこをしきりと擦りつける仔猫には、
「…?」
さすがに覚えがないものか、
困惑げな顔になってじっと自分の足元を見下ろすばかりの彼であり。
後からになりつつも、その傍らまで寄ってやり、
「マタタビの茂みか何かを突っ切りましたか?」
念のためにとシチロージが訊くと、
「…。(否)」
ご丁寧にもかぶりを振る紅衣の彼の背後から、

 「マタタビってこんな寒暖差のある土地に自生しますかねぇ。」

これまた唐突に、そんなお声が挟まった。
おややと見やれば、そこに居たのは、ちょっぴり小柄な工兵さんで、
「此処に来ていたんですねぇ。」
仔猫を見やっての、心当たりのありそうな言いよう。
「おや、ヘイさんのお知り合いで?」
「ええまあ。」
肯定はしたが…頬をほりほりと掻いて見せ、
「お逢いするのは今が初めてですけれど。」
そんなややこしいことを付け足したヘイハチ殿が言うには、

 「橋向こうのあの翼岩で、コマチ殿が世話をしているらしいのですよ。」

あそこなら“村の中”じゃあないからと、いかにもお子様らしい理屈の下に、
迷子の仔犬や仔猫を保護しては、適当な世話をしてやっているのだとか。

 「適当…?」
 「ええ。あ、何もいい加減なという意味じゃあないんですよね、これが。」

今日はそのコマチ殿が早い目に持って来てくれたお弁当。
それを食べてたヘイハチの傍で、
一丁前に鹿爪らしいお顔になって語ってくれたお話によると、

 『至れり尽くせりでのお世話を構えると、
  自分の力で生活してゆけない、かあいそうな身となってしまうです。』

そこで、足を運んだときにだけ、ほどほどに構う…という、
世話好きな彼女にしてみれば、
これでもたいそう気を遣ったお付き合いに留めているのだそうで。
「おやまあ…。」
一端の姐様のような言い回しへ、大人たちが苦笑をし。
中でも…三本まげのお侍様は、自分には特に耳が痛いと思ったか、
「たはは…。」
苦そうな気色もなかなかに濃い、困ったような笑い方になっていたりして。
(笑)

 「そんな仲よしの仔猫が1匹、村の方へと駆け込んだらしいというので。」

作業場に紛れ込んでいては危ないからと、
見かけたら保護をお願いしますと頼まれたらしいヘイハチであり、
「此処にも声を掛けておこうかと立ち寄ったのですが。」
その途端に見つかったとは運がいいと、にっこり笑った工兵さん。
ひょいっと屈み込むと双刀使いさんの足元から、
それは慣れた手つきでもって仔猫を抱え上げ、
ではと目礼を一つ残して立ち去った。
「…。」
小さくて柔らかで、人の手でひょいと軽々抱えられてしまえても、
されど、あれでも立派な命。
「…。」
どう見ても、ヘイハチをというより、
あっと言う間にいなくなった仔猫の方を延々と見送っているらしきキュウゾウだと、
ありあり判る横顔へ、
「可愛かったですねぇ。」
やんわりとしたお声を掛ければ、
「…。(是)」
白いお顔がこくりと頷く。あまりに余情を残しているように見えたので、
「ま、野伏せりを退治すれば、犬も猫も飼えるようになりましょうよ。」
ぽふぽふと綿毛のような金の髪を撫でてやれば、
「…。(是)」
やはり、白いお顔がこくりと頷いて。それから、


  ――― え? 猫の年…ですか? 干支にはなかったと思いますが。
       ヒョーゴ殿に言われた? 閏年は実は猫の年だと?
       そんな年に生まれたキュウゾウ殿だから、
       猫だの犬だの小鳥だのが異様に懐くのだと?
       それは…かつがれたのではないですかね。
       いやいや、今更、それもアタシへ怒っても。


頼むから戸口でそんな奇天烈な会話を、
しかも、どう見ても母上の側しか言葉は口にしないままで、
延々と展開させないでほしいものだと。

 “………えっと。////////

昼餉のお盆を抱えて来たキララ殿が、
どこで割り込んでいいのかどうか判断に困ってしまった、
やはりまだまだ平和な神無村だったそうでございます。





  〜Fine〜  07.3.09.


  *別のお部屋のお話を書いてたはずなのに、
   気がついたらこれを練ってました。
   おっかしいなぁ。
(笑)


ご感想はこちらvv

戻る